末っ子の断乳後、胸の張りがつらい件

こんにちは、 ゆほけのです。

末っ子の断乳に見事成功してから喜んだのもつかの間、タイトルの通り胸が痛くてつらかった時の話を書きます。

 

末っ子は断乳の翌日から夜泣きをすることなく
その後の3日間とも夜中に起きることはありませんでした。
とても順調。

 

上3人と違って、眠くなったりすると
自ら私の洋服をめくって勝手に授乳を始めようとするほど
おっぱい依存になっていたので

卒乳してからはしばらく、精神的に不安定になるのでは
と、心配していましたが
まったくの私の思い過ごしだったようです。

 

朝は気持ちよく7~9時の間に目を覚まします。
だいたい、小学生チームか主人か幼稚園チームの誰かが
出かける支度でバタバタしていると起きるのです。

そして起き抜けから絶好調によく食べ、お昼も沢山食べ
午後に一度お昼寝をして
お昼寝から目が覚めたころに上の子達とおやつを食べ
お夕飯もガッツリ食べたらお風呂に入って
20時半~21時頃に絵本を読んで電気を消しておやすみなさい。

 

と、不安定どころか
むしろ素晴らしく規則正しくご機嫌に生活している末っ子。
勝手に心配していて、なんだか寂しく恥ずかしい私。
子供の順応性ってすごい。

 

前置きが長くなりましたが、そんなわけで
断乳後末っ子は特に問題なく過ごしていました。

 

ツライ思いをしたのは私のほうでした。

断乳決行翌日は特に変わりなく
コストコなんて行っちゃってのんきにお買い物して
夜、お風呂は体温が上がって母乳が作られやすくなるかもしれないので
シャワーだけ浴びました。

そして2日目。
朝から少し張ってきている気がしたので
痛くなる前に少し搾乳しておきました。

上3人の時に張るということを経験しなかったので
あまりいじらずにいようと、ほっとくことにしました。

が、夕方あたりから痛みはどんどん強くなり
ガチガチゴリゴリパンパンに石のように張ってしまったのです。
少しでも触れると痛すぎて、出したくもないのに涙が出てくるほど!

授乳をやめるにあたって、多少、胸が張る覚悟はしていましたが
まさかあんなにカチコチに痛くなるとは思わず
どうすればいいのだ~とネットで調べまくり!

とりあえず保冷剤を胸の外側から脇にかけて挟んで冷やし
夜、シャワーを浴びた時に
そーっとそーっと胸の外側から揉みほぐすように搾乳しました。

それでもやはり出しすぎは良くないかと、本当に痛みが和らぐ程度に抑え
ただひたすらに保冷剤で冷やし続けました。

このままでは子供達と触れ合うことも
末っ子を抱っこするのはもちろん
オムツを変えたり食事をさせたりするために抱えることもできないと思い

断乳後3日目、
4人目育児にして初の母乳外来を受けることにしました。

私は母乳がよく出るほうだったようで
1人目の子から、
体調を崩したり預かってもらうとき以外は
ほぼ完全母乳育児でした。

なので出ないで困ったことはなく
幸い、産後に母乳外来を受診したことも相談したこともなかったのです。

それがまさか4人目にして、しかも断乳後に
人生初の母乳外来を受けることになるとは、、、

 

4人目を生んだ産院がうちから15分の所にあって良かった。
とても人気のある産院らしいが
当日に連絡して午前中のうちに診てもらえて良かった。

到着すると、早速助産師さんが胸の状態を診てくれました。
「おぉ~!これはなかなか。痛かったでしょう」と言い
右の胸から順番にゆっくり優しく
左右それぞれ30分ずつくらいかけて揉みほぐしてくださいました。

やはりすべてを絞ってしまうと
またゼロから痛みと戦うことになるようで
少し硬さは残っているものの
昨日の痛みが嘘のように無くなりました。

我慢しないでプロの手を借りて正解でした。

助産師さんいわく
また我慢できないくらい痛くなったら
自分で痛みが和らぐ程度まで絞って良いとのことでした。
あくまでも絞りすぎに注意して!と。
痛くなければ何もしなくて良いそうです。

 

そして断乳後4日目。
助産師さんにマッサージしていただいてから一度も絞りませんでした。
多少張りを感じるし、まったく痛くないわけではないけれど
我慢できないわけじゃないし
痛みはどんどん薄くなっていっていました。

このまま、もう絞らなくて良さそうな気が。。。で、結局絞らずにやり過ごせました。

 

今回、助産師さんに言われた言葉の中に
「どの子の出産も自分の身体だけど、
出産・産後・子育て、全てが同じわけじゃないんですよ。
むしろ毎回全てが違うんですよ。」
というのがありました。

子育てに関しては、それぞれの子供ありきの話なので
常に違いを感じてはいましたが
母乳において、自分の身体・胸にまで、違いがあると思ってもいなかったな。

断乳にしろ何にしろ軽い気持ちで進めていたので
分かっているようで分かっていない自分の身体をあなどらないよう
改めて気を引き締めようと思ったりしてみました。

 

今回の教訓は
どんな事も毎回全てが違う。ということと
我慢しないでプロの手を借りる。ということですかね。

子供の言葉の発達、遅い事気にしてないけど指摘はされるもんだ

こんにちは、 ゆほけのです。

 

先日、末っ子の1歳半健診に行ってきました。

身長体重はいたって標準。内科、歯科も結果はどれも問題なく、

末っ子もお利口さんで、沢山の赤ちゃんが泣いてる中、堂々たる態度がこわいくらい(笑)

 

ただ一つ、おしゃべりに関してだけ先生から

「やっとしゃべりだしたところかな?大丈夫ですよ。心配ないです。でも、2歳になってもこの状態だったら一度専門医に診てもらったほうがいいかもしれないね~」と言われました。

 

ちょっとビックリ。

最近、「パパ」や「ママ」、「(いないいない)バァ!」と意味あることを結構言い始めてるなと思っていた矢先だったので。

でもそう言われてから、周りの赤ちゃんを気にしてみてみると、なるほど・・・

「アンパンマーン」とか「やだ」とか、かなりハッキリお話してる子が。

 

4人目にしてまたしても、初心者気分。1歳半て、もう少し話すんだっけ???

 

うちは、娘はなんでも早かったんです。7か月くらいにはアンヨ、10か月くらいにはダッシュ・・・そう言えば、彼女が初めてきちんとお話らしいお話をしたのも、1歳半より前に『ぐるナイ』という番組の『ゴチ』を見ている時に、ハッキリクッキリと

「わ~!おいしそう~!」と言って、私を笑わせてくれたのでした。

でもそれって、娘が早いだけって思ってた。周りの人が、早いね~早いね~って、すごい言ってたから。

 

男子たちはみーんなスロースターターで、長男も次男も1歳になるかならないかでやっとヨチヨチアンヨが始まり、おしゃべりなんてだいぶ経ってからで、しかも通じる言葉はなかなか出てきませんでした。

 

育児書たるものをきちんと読まない私。それぞれの発達はそれぞれのスピードでいいんじゃない?と呑気に過ごしていました。

育児書読まないうえに、忘れっぽいから、4人産んでるけど毎回それぞれの発達過程で、あれ?こんな感じでいいのかな?まぁいいか?と、初心者気分で進めつつ、ズボラに見過ごす。を繰り返しています。

 

で、4年ぶり4回目の1歳半健診で驚くこととなるのです。あ、もうちょっとしゃべるんだ・・・と。

 

そう言えば、次男の3歳検診でもおしゃべりにチェックが入ったことを思い出しました。

「発達に関してなんでも気になる方は専門医が来てるので、残ってください」と、保健師さんが言っていたけど、私は気にしてないから帰ろうと思ったら

「診てもらいなさい!診てもらいなさい!安心するから!」

って、ぐいぐい言ってくる。

いや、気にしてないんですよ私。

でも押しに負けて専門医に診てもらうことに・・・

で、結局、専門医から言われた言葉は、

「お父さんお母さんだけじゃなく、お姉ちゃんお兄ちゃんもいるから、みんなが色々先回りしてやってくれるから、話をしないで済んじゃってるだけじゃないかな~気にすることないわよ~」だって。

だから気にしてないんですよ。って思いながら、長男の幼稚園バスの時間が迫ってたから大急ぎで帰ったのでした。

 

そして未だに、、、来年一年生になる次男はところこどろ赤ちゃん言葉。

「おはよう」 → 「オヤヨー」

「〇〇くん」→ 「〇〇チュン」

他にも沢山ありますが、家族はみんな理解できてるし、上の子の友達も次男と遊んでくれてるときに普通にコミュニケーション取れているし、気にしてなかったんです。

可愛いし。

まぁ可愛いけど、一応ちゃんとした言い方を教えたほうが良いのかな~?!と思って、毎回、次男の発音がおかしい時には、正しい発音で軽く言い直していました。

 

それを、末っ子の1歳半健診の時にかるーく話したら、
なんと「言い直し」、それってやらないほうが良いんですって!

本人は、耳は普通に聞こえるから、聞こえてる通りに言ってるつもりなのに、周りの人が言い直ししてくる。

おかしいのかな?と、気にしだす。

話をするのをこわがってしまう。

という悪い結果になってしまうと。確かに!目から鱗でした。

たいして気にもしてなくて、ずぼらに子育てしてるくせに、中途半端におしゃべりを教えようとして、まったく逆のことをしてたなんて。

幸い次男は周囲の言い直しに臆することはなく、赤ちゃん言葉おりまぜながら、ペラペラペラペラ・・・すごくおしゃべり君なので良かったです。

 

ホントに子供の成長はそれぞれだから、見守ってあげよ~う!と、心底思った日でした。

ちなみに、問題があるほどおしゃべりの発達が遅いと感じるようなら、今通っている幼稚園や保育園からすでにお話が来てるはずですよと、保健師さんはおっしゃっていました。

気になっている方は、保健師さんや通っている幼稚園の先生に相談してみると良いかもです。

私が赤ちゃんを迎えるための必須アイテム② ベビーカー

こんにちは、ゆほけのです。

なんでも適当でズボラな私が、赤ちゃんを迎えるにあたって事前に準備したアイテム2つ目は
ベビーカーです!

普通です。普通なんですけど、どこに出掛けるにも絶対必需品。
赤ちゃんて可愛い。可愛いけど、ずっと抱っこしてると当然重い。
足腰に自信のない我々夫婦はなるべく抱っこしないでお出掛けをしたかったので、ベビーカーは必需中の必需品でした。

ちなみに余談ですが
抱っこ紐もそれはそれで大変便利ですが、
私がかの有名なエルゴさんをゲットしたのは4人目を産んだ時です。
抱っこしなきゃいけなくなるからいらないと、頑なに拒んでいた私に
さすがに必要でしょう!と必要のなくなったお友達が、半強制的にくれました。
使ってみたら、思った以上に登場回数が多くて
上3人の時はどうやってやり過ごしていたのだろうと不思議なくらいです。
が、それはまた別の時にお話しします。

さて、ベビーカーの選ぶ基準。これ、悩みますよね。
この世はどんなものも種類が多すぎます。
ベビーカーも例にもれず・・・
A型?B型?AB型?
四輪?三輪?ハンドルの形は?
国内メーカー?外国メーカー?
色は?などなど。

 

答えは、『好み』の一言に尽きます!

その一言に尽きるのですが、ちょっと今後の参考に私の体験を書きます。

 

私が一台目を購入した時に重視したのはベビーカー本体の重さ。
いかに軽量であるか。
というのも、当時私達が住んでいたマンションにはエレベーターがなく
ベビーカーを2階の我が家まで抱えて運ばなくてはならなかったのです。

買い物に出かけて帰ってきたとき、
娘を抱いて買ってきたものを持って一度部屋に上がり
そのあともう一度、娘を抱いてベビーカーを部屋に運んでいたから。
何より軽量であることが重要でした。

そして、新生児期でも大きくなってからでも使えるようにと
AB型に決めていて、当時それらの希望にかなっていたコンビのベビーカーをゲットしました。

しばらく問題なく使っていましたが、
2歳を過ぎたころかな、体が少し大きくなり足も長くなって
普通に座っていてもつま先が地面スレスレになってしまったので
足がついて引きずられるようになったら危ないし
2人目が欲しいと思い始めていたので
二台目に座面が高いB型ベビーカーの購入を考え始めました。

そこで軽く調べて目に留まったのがアップリカのクッキーシリーズ。
当時はまだそれが出たばかりだったのか
うちが購入したのは、リクライニング機能がありませんでしたが
座面が1台目に購入したものよりはるかに高く
子供の足が地面に擦れる心配もない上に
ハンドルの位置が高く、背の高いパパが押しても負担が少なかったのです。

ハンドルの位置が高いのはまったく予想もしていなかったのですが
これによって、主人が押してくれる機会が増え
ちょっとしたことではありますが、私の身体的な負担も軽減されました。

その後、まだ3人にも4人にも子供が増えるとは思ってもいなかった私は
一台目のベビーカーをお友達に譲ってしまい
また、新生児から乗れるベビーカーを購入したのですが・・・

 

三台のベビーカーを買ってみた私的、ベビーカー購入チェックポイント

  • 乗せる時期・・・生まれてすぐから使うならA型。しばらくベビーカーで外出する予定がないならB型。長く使いたいならAB型。
  • ベビーカー本体の重さ・・・抱える機会が多いなら軽くするか、あまり気にしないか。
  • 大きさ・・・特に幅が種類によって全然違います。電車を利用する機会の多い方は幅を確認すべき。改札ギリギリ、または広いところじゃないと通れないものもあります。
  • ハンドルの形・・・左右離れたものと一本でつながっているものがあります。私は一台目は一本でつながったタイプでした。子供を抱っこして片手で押すときに真ん中を握れるので便利です。二台目は離れたものでした。小回りが利いて平均的に移動しやすかったです。
  • 座面の高さ・・・高いほうが何かと良いと思います。足は地面につかないし、熱い季節は地面からの照り返しが離れているほうが弱いので熱中症予防になります。
  • 床下収納・・・座面の下の収納部分が大きく深いほうが当然荷物が沢山おけます。さらに、座面と収納かごが離れているほうが荷物の出し入れがいやすいです。ハンドルに荷物をかけることもできますが、赤ちゃんより荷物が重いとベビーカーが後ろに倒れてしまうことがあるので、下に荷物を入れたほうがベビーカーが安定します。
  • 日よけ・・・日よけの幌が浅いと赤ちゃんに沢山日が当たってしまい、当然日焼けします。幌が深いか、レインカバーのように足元までの幌が別途取り付け可能なものがおススメです。
  • リクライニング機能・・・絶対必要なものではありませんが、赤ちゃんが寝てしまったとき、背もたれを倒してあげたほうがやっぱり気持ちよさそう。背もたれが起き上がったままだと、首が極端に曲がって苦しそうに見えます。

 

これらを参考にお店やネットで探すといいかと思います。実際に押してみると機種による違いを大いに感じられるので、赤ちゃんが産まれる前にでも、パパとデートがてら、ベビーカー巡りをしてみてもいいかも。いくつかお目当てのものを絞って、最終的にネットで価格比較してポチっとするのがおススメです。

末っ子の断乳、突然に実行した件

こんにちは、ゆほけのです。

断乳。それは、ある晩に突然行われました。
はっきり言って末っ子の断乳は見事な成功っぷりでした。

突然と言っても、最初に卒乳を考え始めた時から
私としての準備はじわじわと始めていました。

離乳食が順調に進んでからの数か月間、
授乳は夜の寝かしつけ時と夜泣きをした時だけと決め
日中はまったくあげていませんでした。

そして、主人が出張があるというので
それに合わせて断乳に向け夜泣き時の授乳も少しづつ減らしていました。

主人の出張に合わせて断乳をしようと思ったのは
断乳によって末っ子が泣き続け、
主人が眠れず、翌日の仕事に差し支えてはいけないかなという
一応私なりに主人に気を使ってみたことです。

しかし断乳決行予定の日、主人はお休みでした。
出張で家を空けるどころか、末っ子が寝付く瞬間から
いや当然その前から、1日中家にいました。

夜泣きで寝不足続きの私を言葉ではねぎらってくれますが
休みのたびに、遅くまで起きてこなくて
更に昼寝か夕寝をする主人に
、、、協力してもらってもバチはあたらないか?!
と思ってしまった私。

そんなわけで、断乳は主人のお休みに決行。
主人への些細な気遣いなんてどこへやら・・・

寝かしつけはいつも通り授乳で。
昼寝を1時間もしていなかった末っ子はすぐに眠りにつきました。

それから数時間はよく寝てくれました。

いつもだいたい主人が寝室に行くと
その足音でか、布団に入るときのベッドのきしみでか
うっすらと目を覚ます末っ子。
それが2時前後。

そこから夜泣きとなるか、うまいこと眠れるかは
運とタイミング次第。

この日も、主人が布団に横になると案の定目を覚ました末っ子。
別に責めているわけではないけど
この時間の目覚めはほぼほぼ主人のせいかと・・・こっそり思っていました。

泣き始めたのにおっぱいをくれない母に対して
更に泣く末っ子に、主人にも少しくらい付き合ってもらっても良いよね~

上の三人が赤ちゃんの時も寝かしつけは授乳。
夜泣きから授乳をしないでそのまま卒業という形でやったので
今回もほかの方法は全く考えずその方法で。

泣き始めてから、色々な手段で泣き止ませよう
眠らせようと頑張りました。
抱っこはもちろん、歩いてみる、ベッドのスプリングで揺れてみる
お水を飲ませてみる、子守唄を歌ってみる、添い寝をする
まぁありがちな手段ですが。

彼は3時間泣き続け、突然ぱたりと眠りました。
普段長泣きをしない末っ子のあがき。
力を振り絞って泣き続けたけど、もうおっぱいはもらえないんだ!
と悟った瞬間だったのでしょう。

それから朝まで眠り、
翌日はいつも通りの生活をし、
お風呂でお互い裸になっても欲しがることもなく
拍子抜けするくらい順調に夜になりました。

さて、いままで授乳からの入眠という儀式しか知らない末っ子をどう寝かそう。
軽く悩み、とりあえず王道で行くことにしました。

結末が眠りにつながる絵本を一冊読み、そのあと電気を真っ暗にして添い寝。
意外にも拒否らない。
おっぱいも欲しがらない。
何度か起き上がったり、枕元のライトをいたずらしようとしましたが
あっさり寝てくれました。

その夜は夜泣きなし!またしても拍子抜け。
でも、翌日から夜泣きをしないなんて優秀でそれだけで私は幸せな気分。

そんなわけで、人生最後の授乳生活に幕を閉じました。
この先授乳をすることが一生ないのかと思うと、ちょっと寂しいけど
夜中の授乳に悩まされる日々からの解放は素晴らしい(笑)

こんなに順調だとかえってこわいくらいでしたが
結局その後も、おっぱいを欲しがったことは無いし
夜泣きもほとんどしない生活を送れています。

それどころか、もう同じ部屋でも寝ていません。
パパママより、ネエネニイニ達と寝るほうがいいらしい。
・・・自立が早くて、なんか寂しい・・・

卒乳を考え始めた時のこと

こんにちは、 ゆほけのです。

我が家の末っ子、今1歳半になります。
今日は末っ子の断乳を考え始めた時のことを書こうと思います。

我が家の末っ子が1歳になる頃。
まだ立たないし、それどころかハイハイすらしません。
移動はもっぱら高速ズリバイ。

それでも伝い歩きはし始めたし、
ソファに登ったりする筋力はつき、恐ろしく食欲旺盛。

離乳食を順調に食べ進み、
今はほかの姉弟たちとあまり変わらない食事、
ほかの姉弟たちとあまり変わらない量(我が家は皆大食い!)を
食べられるようになっています。

スプーンなどのアイテムをまだ使えないし
掴み食べが汚すぎてひどいことをのぞけば、いっちょ前!

そこで、私の脳裏をちらつき始めること、
それは卒乳です!!!

我が家はみんなおりこうな赤ちゃんでした。
その中でも末っ子は生まれた時からかなり手がかからず
よく飲みよく寝てくれる子でした。

新生児だというのに、
21時前後に授乳したら翌朝の9時頃まで
12時間睡眠してくれたり
そこまでいかなくても
私は毎日、産後とは思えないようなまとまった睡眠をとれていました。

それが!だのに!なぜ!

1歳になる頃、突然必ず3時前後に泣くようになったのです。
自慢じゃないが私は
帰りの遅いパパを待って食事を出して
食事が終わるのを待ってから寝るので
お布団に入るの2時頃なのに~(先に寝ればいいだけ)

さらに6時45分に目覚ましをかけている私を
6時過ぎには泣いて起こします。あと30分くらいだから寝かせて~
授乳して寝たら、
もうすぐに起きる時間じゃ~ん(小学生チームは6時に起きてます)

もっともっと眠れない、
夜泣きに悩むママは沢山いらっしゃるでしょうから
贅沢な悩み、もはや悩みにもならない愚痴でしょうが

それでも私にとったらツライ夜中と朝の授乳。
人それぞれですが
これがツライと感じ始めたら卒乳だと私は勝手に思っています。

ところで上三人の卒乳はどうしたかな?思い出してみました。

もともと行き当たりばったりケセラセラな性格の私は
初めての赤ちゃんである長女の諸々のお世話も
かなり適当にゆる~くやってきました。

(そんな性格で他にストレス感じることがないから
夜泣きを最大のストレスと感じるのかも?!)

それでもさすがに長女の時は初めての卒乳。
一大イベントとして考えながら進めました。
あまり開かない育児書で調べてみたり、、、
ネット見まくったり、、、

卒乳って?
最近は授乳を赤ちゃんのペースに合わせて
自然とやめましょう、卒業しましょう・・・ってことで
授乳をやめることを『卒乳』というらしい。
で、自然とやめれず、ママのペースでやめることを『断乳』というらしい!とか。

てことは私が睡眠を欲しているという理由で授乳をやめるんだから
うちの子はみんな『断乳』させられたってことかな?!

やり方は色々あるみたいだけど
とりあえず長女の断乳は
徐々に減らしていく作戦にしました。
長女がやめれても、私が乳腺炎になったら困るので
お互いの準備期間です。

そして一週間くらい過ぎた、私が勝手に決めた決戦の晩、
最後の授乳をして長女を寝かしつけました。
長女にも心の準備が必要かと思い
「これで最後だよ。おっぱいバイバイね。」と何度か伝えました。
準備期間中もちゃんと
「〇〇日におっぱいやめようね。」と伝えていました。

さてその晩、長女は2回ほど夜泣きしました。
そこで1回目の夜泣きでは
ネットで知った奥義(笑)を試してみました。

それは乳首にワサビを塗って赤ちゃんに出す!
あなたは何にも悪くないんだけど、
もうおっぱい美味しくなくなっちゃったの。
ごめんね!という気持ちでね(笑)

ほんとにちょっと、唇に付くか付かないかくらいしかあてませんが
赤ちゃんにとったら人生初の刺激。
これは泣いてたなぁ~。

この技が正解かどうかは未だに謎ですが
その衝撃で長女は完全におっぱいを嫌がりました。
ちなみにこの技、ママも相当痛い。しみます(笑)

その後と2回目の夜泣きは、
この山を越えれば!!!という思いで
抱っこしながら揺らして乗り切りました。

で、翌日から長女がおっぱいを欲しがることは無くなり
夜泣きもほとんど無くなり
私はめでたく1年半ぶりに連続7時間睡眠を手にしたのでした。

意外とあっさり。すんなり卒業してくれた長女の経験から
長男と次男の卒乳(断乳?)はかなり私ペース。

1歳を過ぎ、
気付けばあんまり昼間に授乳してないな~
夜もっと寝たいな~
と思ったその晩の夜泣きから突然、おっぱいをもらえなくなるのでした。

長男と次男の時はさすがにワサビ技は使いませんでしたよ。

彼らは2日間くらい夜泣きしましたが
どちらも抱っこで乗り切り
夜泣いてもおっぱいをもらえないと理解したのか
3日目くらいから夜泣きすることは無くなり
晴れておっぱい卒業となりました。

てなわけで、三男も
ある日突然おっぱい卒業の日を迎えることとなります。

ちなみに卒乳の目安の一つに
授乳しなくても、
離乳食で栄養をとれていて
ストローやコップから水分摂取ができていれば良いそうです。
そりゃそうですね。

末っ子、そのへんすでにクリアしていたので
断乳に問題なし♪ということで、断乳 本編へ・・・

私が赤ちゃんを迎えるためにの必須アイテム① ハイローチェア

こんにちは、ゆほけのです。

 

しつこいようですが、私には4人の子がいます。

自慢できることではありませんが、私は何事も前もって準備をしておくタイプでも、使い終わったものを次のためにきちんと取っておくタイプでもありません。

なので妊娠するたびに、赤ちゃんのための準備を一から始めるのです。それも、かなり適当に、かなりギリギリに。

でも、そんな私でも赤ちゃんとの生活で絶対外せないものがいくつかあり、それらだけは、ちょっと早めに準備していました。

そんな私にとって、赤ちゃんと暮らすための必須だったアイテムをいくつか紹介します。これはあくまでも4回の経験から基づく私の独断と偏見で選んだ物たちです。

 

ハイローチェア

自動装置は必要ありません。背もたれが倒れたり起きたりする機能が付いていて、高さ調節ができ、スイング機能とキャスターが付いていれば、どこのメーカーでもこだわりはありません。

赤ちゃんは産院でどのようなベッドに寝ているでしょう?私が出産した産院、3か所はだいたい同じようなものでした。大人の胸のあたりまでの高さで、クーハンくらいのサイズの箱型のベッド。籐であったり、透明なプラスチックであったり、ベッド部分の素材は色々でしたが大きさはどこもだいたい一緒。キャスターが付いていて、そこに寝かせて病室と看護師さんのお部屋を押して移動していました。

という事は、退院をしてまず赤ちゃんをどこに寝かせるか。となったの時に、寝室に設置したベビーベッドでは目が届かず不安。リビングのソファの横や、ダイニングテーブルの横に自分の動きと共に移動できるハイローチェアはかなり病院のベッドに似ていて親子とも安心できました。

使ってみると、病院と環境が同じだからか4人とも安心してよく寝てくれていました。ちょっと愚図っても、キャスターが付いているので前後にゆらゆら動かすと気持ち良いらしく、またスヤスヤ。ゆらゆらさせる時に腕で押してみたり、床に座って足だけで押してみたり、動かし方を工夫すると産後のストレッチになるので自動装置はないほうが良いです(笑)

オムツ替えも楽々。お母さんが立ってやるほうが楽な時は一番高い位置で、立つのが面倒で座ってやりたい時は一番低くして、高さ調節機能が利いてきます。おむつを替えるときは、スイング機能とキャスターのストッパーをかけたほうがやりやすいです。

寝返りを打つようになるくらいまでは、お風呂の時にも大活躍です。

ハイローチェアに湯上り用のバスタオルを広げてセットして、お風呂のドアの前に移動させておきます。で、お風呂を出たら一番に赤ちゃんをそこにゴロンとさせてバスタオルで包む。急いで自分もタオルを巻いて、ハイローチェアをリビングのベビー服をセットした所まで移動。ハイローチェアの上でよく赤ちゃんを拭いてあげたら、お洋服を着せて完了。急いで自分も服を着ます。季節によって、赤ちゃんが風邪を引く心配がなければ、ハイローチェアに寝かせている段階で、先に自分が服を着ることも可能です!

お料理するときに愚図った時もキッチン横に連れてこれるので安心です。

我が家はそもそも、犬を飼っていて、乱暴な犬ではありませんでしたが、赤ちゃんとの初対面に、間違いなくクンクンにおいを嗅いだりミルクの良い香りのするほっぺをペロペロするだろうと、始めからリビングの床に赤ちゃん用の布団を敷くことは考えていなかったというのも一つの理由です。

 

このハイローチェア、離乳食が始まった時にまた便利なのです。たいていのハイローチェアはテーブルがセット商品として付いていますし、テーブルが付いていなくても、自宅のテーブルの高さに合わせて高さ調整し、背もたれを起こしベッドではなく椅子として利用します。

だいたいのハイローチェアは4歳ごろまで利用可能なので、その間にゆっくり子供用の椅子を探せます。また、撥水加工のカバーなども別売りであるので、食べこぼしの処理も楽ちんです。

 

決して広くない我が家でも用意しておきたいと思えたハイローチェアは私のナンバーワンヒットです。ただ、家の構造、間取りなどでかえって使い勝手が悪いと思われる方もいるかと思います。あくまでも、これは私の独断と偏見・・・。

他のアイテムについては、また次の記事で書きたいと思います。

4人目出産~4人目出産は「計画出産」で~

赤ちゃんの手

こんにちは、ゆほけのです。

 

ブログタイトルの通り私には4人子供がいます。

4人目の子は一番上の子が10歳の時に産まれました。今日は4人目の子の出産の話をします。

※初めての出産記事はこちらをどうぞ~

※2人目出産記事はこちらをどうぞ~

※3人目出産記事はこちらをどうぞ~

四人目妊娠

4人目の出産は初めての産院で行いました。

この産院を選んだ理由は3人目の時同様、自宅の近くにこの産院があったからです。シンプル!

3回目の出産の後引っ越しをし、近くにきれいな産院あるな~とは思っていましたが

まさか自分がここで産むことになるとは想像もしていませんでした・・・。

 

妊娠したかもって思った瞬間、

うちから歩いて10分くらいの駅にあるこの産院を思い出しました。

妊娠判定が陽性であることを確認して、すぐに産院に電話をし受診の予約をしました。

 

通い始めてから知りましたが、

この産院は病院というより出産するホテルといった感じで、とても人気のある産院でした。

私は何も知らず普通に行動し、ラッキーなことにすべてがスムーズに進みましたが、

最初の妊娠判定の予約も、その後の分娩予約も早めに連絡しておかないと予約が取れないこともあるそうです。

 

 

さて4人目の出産予定は4月。

子供達の新学期真っ只中。

しかも長男は小学校入学という一大イベントの時。

 

これはいつ来るか分からない陣痛にハラハラしている余裕は、私にも家族にもありませんでした。

 

そこで、私は主人と相談した結果、

もともとこの産院のプランとしてある「計画出産」をお願いすることにしました。

これは出産予定日の2週間前から出産予定日までの間に分娩予約を取り、

陣痛誘発剤や促進剤を使って陣痛を起こして赤ちゃんを産むという方法です。

 

いつ産まれるかのドキドキ感は味わえませんが、

上3人の子の予定と自分の予定、

お世話になったり迷惑を掛けている周りの方の予定を考えると、合理的な方法でした。

 

それにすでに3回いつ産まれるかのドキドキは経験済みだったし、

陣痛促進剤も結局毎回のお産で使っているので抵抗はないし、

私にとって計画出産を迷う理由はありませんでした。

四人目出産

そして予約当日の朝、私は言われた時間に主人と産院へ。

病院ではなくホテルというイメージの産院なので、

用意されていたのは入院着ではなく可愛いパジャマでした。

 

正直、4回目の余裕と、あまりに豪華できれいな病室に浮かれ

詳しく覚えていませんが、恐らく毎度おなじみの血管確保の点滴をし、

陣痛誘発剤を飲みました。そして陣痛が来るのを待つ・・・

 

たぶん最初に薬を投与したのが午前9時過ぎで、

10時過ぎくらいにじわじわと陣痛が始まって、

11時くらいに分娩台に移動して、

お昼の12時に産まれました。

 

さすが我が子、分娩台に上がってからツルンッと1時間のスピード出産。

今回も例によっての安産で、アラフォーの私の体力を気使って出てきてくれました。

 

計画的に産んでも、何人産んでも、この感動は同じように感じるんだな~!!!

 

が、安産で可愛いベイビーと出会えて喜んでいたのもつかの間、

今回初めて後陣痛というものに泣かされた!

 

後陣痛とは、出産したことで急激に子宮が収縮するときに伴う痛みだそうです。

今までの3回も多少キュッキュッと痛む感じはありましたが、

それがつらいと感じるほどではありませんでした。

 

今回は出産の痛みでも泣かない私が、

痛くて痛くて涙が止まらず、

助産師さんに痛み止めをもらい、それでも辛くて点滴をしてしばらく過ごしていました。

 

4回目の出産という余裕から、まさか後陣痛なんて起こるとも思わず

というか後陣痛の存在すらノーマークで、

助産師さんから「後陣痛は初産の方より2人目以降の出産をした方に多い」と聞いたとき、

そりゃ4人目だから仕方ないね。と、

ただただ現状を受け入れるしかなく、痛みをこらえていたのははっきりと覚えています。

 

陣痛や出産の痛みは、赤ちゃんが産まれてくるという希望の痛みなので乗り越えられますが、

後陣痛はその先に赤ちゃんが産まれてくるという希望があるわけじゃないし、

いつ終わるのかが読めないので、結構辛かった。

四人目出産お見舞い

初めて出産当日に上の子達がお見舞いに来てくれたのに、

痛みをこらえるのに必死で起きることすら出来なかったし、

家のことを色々ありがとうと言えなかったのは気がかりでした。

が、子供達は赤ちゃんに会えた興奮でそんなことは気にもしていなかったようで覚えていないそうです(笑)複雑だけど良かった(笑)

 

気を失いそうになるくらいの痛みは翌日には落ち着き、

産まれてきたベビーを抱くことも、オムツ替えも、授乳も問題なくできるようになっていました。

 

 

私の場合、4回の出産の流れはほとんど同じでした。

ただ、陣痛の症状が痛みだったり眠気だったり、

後陣痛がなかったり辛かったりという細かい違いはそれぞれで経験しました。

 

出産は本当に素敵な経験です。

体力面、経済面など諸々の条件が可能であればまだまだ何人でも欲しいですが、

そうはいかない現実。

私は私のもとに来てくれた可愛い4人の我が子達と楽しい日々を過ごしていこうと思っています。

出産時のことを思い出すと、ますますその気持ちが大きくなります。

 

3人目出産

3人目出産

こんにちは、ゆほけのです。

今回は3人目を産んだ時のことを書きます。

3人目出産

と言っても、私の場合、意外とお産て始まると毎回同じような感じで進むんだな~という感じ。

人によっては、1人目は早く産まれたのに2人目はつらかったとか、

その逆だったりとかあるようですが、

私は4人ともわりと安産で同じような出産だったと思います。

だから4人も産めたのかな・・・

※初めての出産記事はこちらをどうぞ~

※2人目出産記事はこちらをどうぞ~

 

3人目の出産で今までと違ったことは、

産む病院と、

初めて自分で陣痛に気付けたことと、

陣痛のタイプでした。

 

1人目2人目は同じ個人病院で産みましたが、3人目は総合病院で産みました。

理由は、引っ越したため1人目2人目を産んだ病院が遠くなったという事と、

その病院が出産を取り扱わなくなったからです。

先生1人だったし、若くなさそうでしたから、仕方ない。

 

で、家から一番近い産科のある病院がその総合病院だったという事です。

しかも、たまたま、産科に力を入れていて有名な病院でした。

 

色んな考え方があると思いますが、妊娠して通う病院は家から近いのが一番だと、

つわりのひどかった私は思います。

 

ただ、さすが有名な病院。

完全予約制で医師も一人ではなく何人か複数そろってて診察室も沢山あるのに、

診察時間が長いのか、毎回かなり待った記憶があります。

でも、上二人の子を主人に見てもらって、

1人で通院していたので、数少ない1人時間を満喫できるという、私にとってはラッキーでした。(つわりの時以外)

3人目出産

3人目は妊娠経過中から大きな胎児でした。

エコーを見るたびに週数があっているか確認するほど。

臨月に入ると、いつ生まれてもおかしくないと毎回言われていました。

 

が、予定日を過ぎても産まれる気配がありません。

1人目2人目が、陣痛が始まってから産まれてくるまでがかなりハイスピードだったこともあり、

病院からは、お産の始まりを見落とさないよう、本当に気を付けるように言われていました。

 

3人目の出産は、娘の幼稚園がもうすぐ春休みという頃にあたっていました。

春休みになったら、子供達は主人の実家に泊まらせてもらう予定になっていました。

なので、どうせ予定日を遅れるなら、春休みに入ってから産まれてくれたほうが何かとスムーズかなと、思っていました。

 

予定日を4日過ぎ、娘の終業式の翌日、

赤ちゃんが産まれる気配はないけど春休みに入ったからと義父母が子供達を主人実家に連れて行ってくれました。

 

久し振りに1人になった私。

たまたま近所に住んでいた高校からの友人に連絡をしました。

彼女も子供をご主人に預け、久し振りに2人でゆっくりお茶をしました。

お互い子供ができてから、2人だけで会うのは初めて。沢山話をして心が休まる充実した時間を過ごせました。

 

友人と別れ、夕飯の支度を終え、久し振りに入る1人のお風呂。

これまた心が休まるひと時。

主人が帰ってきて、2人で夕飯を食べ、

子供達を寝かしつける必要がないのでのんびり自分のペースで後片付けをし、

早めに布団に入り気持ちよく眠った翌朝6時・・・

 

 

 

あれ?

身に覚えのある腹痛。腹痛というか、これ陣痛か?

陣痛

異変を感じたら、どんな事でもどんな時間でもいいから病院に連絡をするように言われていたので、

まず主人を起こしてから、病院に連絡をしました。

病院にすぐに来るように言われ、

主人がタクシーを手配し、入院の荷物を持って病院に行きました。

 

ビンゴ!痛みは陣痛で正解でした。

 

さて、お産始めましょう。陣痛来い来い!さっさと産んじゃおう!

と、気合いを入れた私ですが、3人目もやっぱり前の2人の時と同じ。

せっかく自分で陣痛に気が付いたのに、その後なかなか良い波がやってきません。

私はいつも微弱陣痛。

 

時折来る軽い痛みに余裕そうな私を見て、

助産師さんが「ちょっと運動してみたら」と言いました。

なので、総合病院の長い廊下を時々お腹を押さえつつ、行ったり来たり・・・。

 

それでもなかなか強い波が来ないので、

これまた上2人の時と同じ、陣痛促進剤を提案されました。

病院が違ってもだいたい処置って一緒なんだな~と他人事のようにぼんやり思いつつ、もちろん夫婦ともに異論なし。

 

毎回思いますが、促進剤ってすごい。

投入したらちゃんと陣痛来るもんです。廊下を歩いてる余裕なんて無くなり、陣痛室に移動。

 

初めて経験する相部屋の陣痛室。

もちろんカーテンで仕切られていましたが、声は丸聞こえ。

みんな、結構叫ぶんですね。

あまりの痛みから旦那さんに文句を言い続ける妊婦さんや、

どうやら外国の方で意味は分からないけどずーっと叫んでる妊婦さん・・・

 

そして私はというと痛みからの眠気。

今回初めて陣痛による眠気を経験しました。

痛い波が来ると無性に眠くなるのです。

痛い、眠い、あ~でも痛い、でも寝ちゃいそう・・・みたいな戦いが続き、

助産師さんが出してくれたのは、おもちゃの木馬のように前後に揺れ椅子でした。

またがって座り、馬であるなら頭の部分が肘をつけつような形になっていて、前にもたれて揺れながら眠れる優れものでした。

 

私はただ揺れながら痛みを逃し、

その間腰を助産師さんや主人にさすってもらっていたら、イイ気持ち。

 

眠くなるのも陣痛の一種なんだそうです。

木馬的椅子に揺られる私の腰を、なんとも絶妙な力加減でベストポジションをグッドタイミングで揉んでくれる助産師さんが気分転換ついでに教えてくれました。

 

それでもいよいよまたがってることすら辛いと感じ始めたころ、

ベッドに戻り、ベッドごと陣痛室から分娩室に移動。

その辺、さすが大きな総合病院だな。と呑気に個人病院との違いを思いつつ、まだまだ痛みをこらえます。

 

14時過ぎに分娩室に移動し、

助産師さんに「3時のおやつ頃には産まれるわね」と言われました。

が、3度目のお産とは言え、私の体には規格外の大きな胎児。

なかなかスポンッツルンッとはいかなかったようで、てこずり始める周りの方々。

 

「思ったより長くなるかも」と言われた数分後、

突然さっきより騒がしくなる周りの方々。

必死でいきんでいる時に「先生呼んできて!早く!」としきりに聞こえたのを覚えています。

 

どうやら時間がかかると思った矢先に、

赤ちゃんの頭がグイグイ出てきて、

時間がかかると思って他の診察に行ってしまっていた先生を呼び戻していたようです。

詳しい事は分からないけど、いきみの指導などは助産師さんがやってくださいますが、

会陰切開などの医療的な処置は医師じゃないとダメらしい。

 

で、当初の助産師さんの予言通りおやつの時間に、

我が家の3番目の赤ちゃんが無事に生まれたのでした。

私にとって規格外のサイズ、3,900g越えの元気な赤ちゃんでした。

産まれた手赤ちゃん

ちなみに、産後の入院中に、赤ちゃんを取り上げてくれた助産師さんがわざわざ挨拶に来てくださり、

私のお産について色々話してくれました。

その中でちょっと印象的だったのが「静かなお産でした」という言葉。

それで思い出したのが、陣痛室での他の妊婦さんの声。そう言えば叫んでた(笑)

 

男の人には分かってもらいにくいけど、

叫んで暴言吐きたくなるくらいの痛みですからね、陣痛って。

産む瞬間はその中でも最高潮に痛いから。

もう自分でも何言ってるか分かんなくなったりしてるんでしょう。

 

でも私は痛くなればなるほど声が出なくなるタイプみたいです。

なので、3回とも立ち会ってる主人には、出産て案外痛くないのかもと思われてそうです。

 

何はともあれ、我が家の3人目の天使は規格外の大きさながら、無事に元気に産まれてきてくれました♪

※そして次は4人目出産記事です~

 

 

2人目出産~2人目出産は「計画分娩」で~

産まれた手赤ちゃん

こんにちは、ゆほけのです。

今回は2人目を出産した時のことを書いてみます。

※初めての出産記事は是非こちらをどうぞ~

2人目出産

でも、なんででしょう?

余談ですが、2人目って、よく写真が少ないとか言いますが、

私の場合、写真どころか記憶も危なっかしい。

もともと、夫婦そろって記憶力が悪い、忘れっぽい性格なので、

記念日とかお祝いし忘れたりするくらいですし、

若いころ二人で出かけた場所とかも二人とも記憶から消えてるなんてざら、、、

 

というわけで、2人目出産については、乏しい記憶を必死で蘇らせつつ書いていこうと思います。

ごめんよ息子・・・

 

 

私の2人目出産予定は10月の頭でした。

2人目の出産は、予定日より早まる傾向があると言われがちですが、

予定日前日に産まれた娘の時と違って、予定日になっても産まれる気配がありませんでした。

 

10月と言えば体育の日。連休があります。

今回も娘を産んだ産院で出産したのですが、

この産院はおじさん先生と数人の助産師さんや看護師さんとでやっている、小さな個人病院です。

 

経産婦はお産の流れが早い可能性があり、

人手が薄くなる連休や週末にお産が始まって、しかもその日に他の出産も重なっていたりしたら、

他の病院に転院せざるを得なくなるかもしれない。

これ以上遅れるようなら、計画して優先的に出産しましょうと言われました。

 

答えはイエス。

この病院で産みたかったし、赤ちゃんのサイズはエコーで見るとすでに3,000gを越えていて問題ないし、

いつ来るか分からない陣痛をジリジリドキドキしながら待つより心の準備ができるってもんでした。

 

計画出産で一番ネックに思われがちなのは、

陣痛を人工的に起こす陣痛促進剤の使用のようですが、

私はすでに娘を出産するときに使い、問題がなかったですし、

信頼する先生だったので、特に抵抗もなく受け入れました。

 

出産は予定日の3日後に決まりました。

もちろん、それまでの間に陣痛が始まったら、

病院に連絡し通常の出産時のように対応していただけることになっていましたが、

赤ちゃんて意外と空気を読むもので、その間に陣痛が来ることはありませんでした。

無事出産

さて、計画出産当日の朝、病院まで実家の車で送ってもらいました。

今回も里帰り出産です。

今は何ともない、いつも通りの朝なのに、

今日赤ちゃんを産むんだと思うと不思議な気持ちでした。

普段あんまり音楽を聴いたりしないのですが、

その時は3歳になる娘がハマっていた木村カエラさんの「Butterfly」を車でかけていました。

 

病院に到着して着替えをし、陣痛促進剤を飲みました。

11時過ぎくらいになるとチクチクキシキシ痛みを感じ始めますが、

娘の時同様まだまだ余裕。

これが陣痛だっけ?と悩むくらい。

CTGのモニターを見る助産師さんも、陣痛を確認しました。

その頃に主人も病院にやってきました。

 

痛む?と聞いてくる助産師さん。

うーん、多少。と答える私。

 

それが何回か続き、

助産師さんが「結構いい陣痛始まってるわよ」と言うので、

娘の出産の時に痛みに強く陣痛に気が付かなかったという話をすると

「こわいわね」と一言。

まぁ、言われるでしょう(笑)

 

そんなやりとりをしていましたが、昼食を済ませて午後になるといよいよ、

ザ・陣痛という痛みの波がやってきました。

痛みに強いと言っても、本格的に陣痛が始まると悶えます。

思わず「うぅ」と低いうなり声がこぼれます。

 

必死に娘を産んだ時の呼吸法を思い出しながら吸ったり吐いたり、

腰を助産師さんと主人に交替に押してもらったり揉んでもらったりして、痛みを逃しました。

汗をかき始め、低いうなり声が「ああぁぁ」という高めの声に変わる頃、

陣痛と陣痛の合間に病室のベッドから分娩台に歩いて移動しました。

 

1人目の時に思ったより痛くなかったのは、

想像してた出産の痛みが地獄のような痛みだったから、

痛いけど拍子抜けしたというのが実際のところだったようで、

逆に思ったより痛くないイメージで挑んでしまった今回の出産は、痛いし、長く感じました。

 

しかし、分娩台に上がったからと言ってすぐにいきんで良いわけじゃなく、

赤ちゃんの下がり具合などを助産師さんが確認しながら慎重に進めていくので、

痛いけど力を入れちゃいけないつらさで、

「うぅ」でもなく「ああぁぁ」でもない、

「ぐぅぅぅぅっ!」と、なんともこらえきれない声を発しつつ、

ダメ元で時々「いきみたいです」と訴えていました。

 

耐えながら助産師さんのGOサインをひたすらに待ちます。

陣痛の波が来ている時はハァ~ハァ~と息を吐きながら。

 

ようやく助産師さんが先生を呼び、私に「いきんで良いわよ!頑張って!」と。

 

「はい、赤ちゃんの頭見えてきたよ」

「痛みが弱くなったら休憩して」

「はい、もうひと踏ん張り~」

「赤ちゃんの頭出てきてるよ」

「もう少し。もう少し。」

「はい、一回休んで~」

助産師さんの指示に従って、いきんでみたり休んでみたり、息吐いてみたり吸ってみたり。

 

痛い!早く出したい!

という気持ちでいっぱいになり汗だくになりながら

今回も立ち会っている主人の手首をつかんで、死にもの狂いで踏ん張りました。

人はいきまないといけない時、何かを掴んでいるほうが力が入れやすいものです。

 

分娩台に移動して2時間ちょっと痛みと戦い、

とうとう長男が誕生しました!!!

 

2回目と言うこともあり産道ができていたし、

長男は頭が小さかったので、娘の時と違い頭が引っかかることは無く、

頭が見え始めてからはスルリスルリと出てきてくれました。

 

私としてはどっと疲れましたが、今回も無事にスピード安産でした。

疲れたと言っても、やっぱり赤ちゃんが産まれてくる瞬間て、感動的でこの上ない幸せです。

産まれた手赤ちゃん

ただあまりに疲れて、産んですぐに眠ってしまい、出産直後の記憶がありませんw

しかも、2回目だというのに、

新生児の抱き方も授乳の仕方も何も覚えていなくて、

初心者の如く、看護婦さんに色々助けてもらいました。

 

世の2人以上産んでるお母さん方はみんな、1人目の時のことをちゃんと覚えているんだろうか?

看護婦さんが「初めてじゃないから大丈夫ね」とよく言っていたような、、、

 

 

ところで胎教ってホントにあるんだなと思うことが。

今長男は小学生になっていますが、彼が大好きな歌は小さい頃からずーっと、

木村カエラさんの「Butterfly」です。不思議。

 

 

初めての出産

無事出産

こんにちは、 ゆほけのです。

私の初めての出産は、予定日の一日前で、その日は妊婦定期健診でした。

妊婦検診から出産

臨月に入ってから、里帰り出産のため実家に来ていた私は、

毎日お世話になっているお礼と運動を兼ねて、午前中は実家の掃除機掛けをしていました。

 

ちなみに実家は自宅から5駅しか離れていなくて、

車だと20分もかからなくて、

産院は自宅の隣の駅にあり、

里帰りする必要があるかというと心苦しいですが、

初めてのことですし、産前産後とも帰りの遅い主人になかなか助けを求められないので、

両親の力を借りたという次第です。

母という出産経験者の存在はやはり心強いものです。

 

話は戻って出産当日、

掃除機をかけている最中、時々お腹が痛いかも・・・と思う時がありました。

でも妊娠後期に入りずっと調子がよく元気だったので、

連日かなり長い散歩をしたり、ちょっと遠出をしたりしていたので、

その時によく感じていたお腹の張りと同様のものだろうと、特に気にしていませんでした。

 

ただ、予定日も近づいているし、

念のために陣痛が来た時に備えて、痛みの時間を計る練習をしていて、

その時も練習がてら掃除をしながら時間を計っていました。

今思えばそれが陣痛の始まりでした。

痛みは一定の間隔でおきていたので、よく考えれば陣痛だと気づけたことです。

私はその辺がうといというか、鈍いというか、油断しがちな性格。

助産師さんと看護師さんは「痛みに強い」と表現していましたがwww

つわり落ち着き元気妊婦

そして、お昼ご飯を食べ、

午後の診察が始まった14時ころ、のんびり妊婦検診に出掛けました。

 

普通に診察券を出し、普通に診察待ちをし、呼ばれたので診察室へ入り、診察。

赤ちゃんはどれくらい成長しただろうか、

お産はあとどれくらいで始まりそうだろうか、

などドキドキワクワクしながら先生の話を待っていたら、先生から驚きの言葉が。

 

「もう5センチ子宮口開いてるよ。陣痛来てるでしょ?」

 

はい???

分かりません。

 

ちょっと痛み感じたけど、噂に聞く悶絶しそうな猛烈な痛みにはまだ出会ってませんから、、、。

でもその日のうちに入院。

主人や両親に連絡。

キョトンと私だけが他人事のような状況で話が進んでいきました。

 

しかもエコーで見てみると、ベビーは推定3,800グラム!

初産なうえに割りと華奢な体型の私が普通分娩できるのかと、

レントゲンを撮ったり、周りは大騒ぎ。まぁそれに関してはレントゲン撮影後、可能なレベルということですぐにクリアしました。

 

さて、入院着に着替えベッドに横になりCTG(赤ちゃんの心拍数とお母さんの陣痛の状態を記録する機械)をつけてもらった私のもとに、

主人が現れました。

夫婦ともに立ち合い出産を希望していたので、慌てて会社から駆け付けたようです。

それが17時くらいだっただろうか。

 

それでも強い痛みをまだ感じていない私は、この状態になっても実感できず。

わざわざ会社から急いで来たのに生まれなかったら申し訳ないという気持ちにすらなっていました。

CTG妊婦

助産師さんが数分おきに様子を見に来て、CTGのモニターや子宮の開き具合を確認。

どうやら準備万端に始まっていた陣痛が弱まってしまったらしく、なかなかそこから先に進みません。

陣痛が長引いて母子ともに弱ってしまわないようにと、先生と主人と相談した結果、

陣痛促進剤を使うことになりました。

促進剤に関しては賛否あるようですが、私はこの産院の先生や助産師さんに完全なる信頼を寄せていたので、何の抵抗もありませんでした。

 

陣痛促進剤は点滴だったか飲み薬だったか忘れてしまいましたが、効果てき面!

しばらくすると、

キター!とうとう産むんだー!と実感できる痛みが付き始めました。

と言っても、まだまだ余裕。

本格的な陣痛が始まるのはもう少ししてからだろうと、私も主人も思っていました。

たぶんそれが18時過ぎ。

 

それからしばらくして、ちょっとずつ痛みを感じ始め、

CTGのモニターを確認しながら助産師さんと呼吸法の練習をしたりしていました。

 

その頃には私の両親も病院に来ていて、初孫を今か今かと待っていました。

しかし、初産なうえに陣痛が弱い。

まだまだ生まれないだろうと、ただ待っていてもしょうがないから腹ごしらえにと、

両親は産院の近くにあるお寿司屋さんに呑気に食べに出掛けました。

それがたぶん19時過ぎ。

 

私達も呑気に両親を見送りましたが、

突然あれよあれよという間に痛みは定期的になり激しくなってきたので、陣痛室へ移動。

いい感じに悶絶しながらも、まだもう少し頻繁に痛くなるのを一人ベッドの上で待っていると、

パタパタと走ってくる足音。

予想外に早い段階で助産師さんの指示で分娩台に移動。

 

どうやら私は本当に痛みに強かったらしく、

かなりの陣痛が付いていたのに、まだまだ上には上の痛みが来ると思い耐えきれていたようです。

助産師さんがモニターを見て、

「この産婦は声も上げないけどヤバいヤバいすぐ始まるぞ~」と、慌てて私のもとに来たようです(笑)

 

実際そこからどんどん痛みは激しくなりました。

そして助産師さんから「痛みが激しくなったタイミングでいきんでくださいね」と言われました。

が、実はそれでも私は一番激しい痛みがよくわからず、

いきみのタイミングをつかむことができず、

助産師さんとモニターを見ながら、痛みが激しい時を教えてもらっていきんだのでした。

 

なんだかんだでタイミングよくいきむことができ、赤ちゃんの頭が見え始めた時、

助産師さんの「先生、吸引で」という声が聞こえました。

 

痛みに強かったことが判明したとは言え、

人生において経験したことのないような痛みと力みを感じている最中だったので、

私には何のことやら分かりませんでしたが、あとから主人に聞くと、

赤ちゃんの頭が大きくて出てくる直前で引っかかっていたので、

トイレのスッポンってやるみたいなアイテムで赤ちゃんの頭をスッポンとしたそうです。

今はすっかり治っていますが、

生まれたての娘の頭は少しとんがっていてコーンヘッドのようでした(笑)

 

そうやって頭が出てきてからは早い!

フンっ!ツルンっ!と、めでたく娘が誕生したのでした。

 

すっごく疲れたけど、それはそれは幸せな瞬間で、

私は出産直後だというのに、思わず「早くまた生みたい」と言ってしまいました。

それが20時45分。

分娩台に上がってから1時間もかからない、初産にしてありがたいほどのスピード安産でした。

無事出産

ところで、呑気にお寿司屋さんに出掛けていた両親は、

席に着き注文し、ビールを飲みながらお寿司を待っている際に主人から連絡が入ったそうで、

お寿司を食べれないままお店を出たそうです・・・。

 

そして、主人は立ち合いの際に、

病院で用意されていたお医者さんが着る手術着のような服に着替え、

レアな経験だとテンションが上がって自撮りしたり、

私の母に写真を撮ってもらったりしていたらしいです。

と、生まれる前からお祭り騒ぎだったようですが

立ち会ってる最中も何度となく「頑張れ」と声をかけてくれていました。

私がいきむときに、その都度主人の手首をグーっと掴んでいたようで、少し赤くなっていたかな。

 

娘が生まれた瞬間の主人の歓声は、普段なかなか聞けない高い声でした♪