3人目出産

3人目出産

こんにちは、ゆほけのです。

今回は3人目を産んだ時のことを書きます。

3人目出産

と言っても、私の場合、意外とお産て始まると毎回同じような感じで進むんだな~という感じ。

人によっては、1人目は早く産まれたのに2人目はつらかったとか、

その逆だったりとかあるようですが、

私は4人ともわりと安産で同じような出産だったと思います。

だから4人も産めたのかな・・・

※初めての出産記事はこちらをどうぞ~

※2人目出産記事はこちらをどうぞ~

 

3人目の出産で今までと違ったことは、

産む病院と、

初めて自分で陣痛に気付けたことと、

陣痛のタイプでした。

 

1人目2人目は同じ個人病院で産みましたが、3人目は総合病院で産みました。

理由は、引っ越したため1人目2人目を産んだ病院が遠くなったという事と、

その病院が出産を取り扱わなくなったからです。

先生1人だったし、若くなさそうでしたから、仕方ない。

 

で、家から一番近い産科のある病院がその総合病院だったという事です。

しかも、たまたま、産科に力を入れていて有名な病院でした。

 

色んな考え方があると思いますが、妊娠して通う病院は家から近いのが一番だと、

つわりのひどかった私は思います。

 

ただ、さすが有名な病院。

完全予約制で医師も一人ではなく何人か複数そろってて診察室も沢山あるのに、

診察時間が長いのか、毎回かなり待った記憶があります。

でも、上二人の子を主人に見てもらって、

1人で通院していたので、数少ない1人時間を満喫できるという、私にとってはラッキーでした。(つわりの時以外)

3人目出産

3人目は妊娠経過中から大きな胎児でした。

エコーを見るたびに週数があっているか確認するほど。

臨月に入ると、いつ生まれてもおかしくないと毎回言われていました。

 

が、予定日を過ぎても産まれる気配がありません。

1人目2人目が、陣痛が始まってから産まれてくるまでがかなりハイスピードだったこともあり、

病院からは、お産の始まりを見落とさないよう、本当に気を付けるように言われていました。

 

3人目の出産は、娘の幼稚園がもうすぐ春休みという頃にあたっていました。

春休みになったら、子供達は主人の実家に泊まらせてもらう予定になっていました。

なので、どうせ予定日を遅れるなら、春休みに入ってから産まれてくれたほうが何かとスムーズかなと、思っていました。

 

予定日を4日過ぎ、娘の終業式の翌日、

赤ちゃんが産まれる気配はないけど春休みに入ったからと義父母が子供達を主人実家に連れて行ってくれました。

 

久し振りに1人になった私。

たまたま近所に住んでいた高校からの友人に連絡をしました。

彼女も子供をご主人に預け、久し振りに2人でゆっくりお茶をしました。

お互い子供ができてから、2人だけで会うのは初めて。沢山話をして心が休まる充実した時間を過ごせました。

 

友人と別れ、夕飯の支度を終え、久し振りに入る1人のお風呂。

これまた心が休まるひと時。

主人が帰ってきて、2人で夕飯を食べ、

子供達を寝かしつける必要がないのでのんびり自分のペースで後片付けをし、

早めに布団に入り気持ちよく眠った翌朝6時・・・

 

 

 

あれ?

身に覚えのある腹痛。腹痛というか、これ陣痛か?

陣痛

異変を感じたら、どんな事でもどんな時間でもいいから病院に連絡をするように言われていたので、

まず主人を起こしてから、病院に連絡をしました。

病院にすぐに来るように言われ、

主人がタクシーを手配し、入院の荷物を持って病院に行きました。

 

ビンゴ!痛みは陣痛で正解でした。

 

さて、お産始めましょう。陣痛来い来い!さっさと産んじゃおう!

と、気合いを入れた私ですが、3人目もやっぱり前の2人の時と同じ。

せっかく自分で陣痛に気が付いたのに、その後なかなか良い波がやってきません。

私はいつも微弱陣痛。

 

時折来る軽い痛みに余裕そうな私を見て、

助産師さんが「ちょっと運動してみたら」と言いました。

なので、総合病院の長い廊下を時々お腹を押さえつつ、行ったり来たり・・・。

 

それでもなかなか強い波が来ないので、

これまた上2人の時と同じ、陣痛促進剤を提案されました。

病院が違ってもだいたい処置って一緒なんだな~と他人事のようにぼんやり思いつつ、もちろん夫婦ともに異論なし。

 

毎回思いますが、促進剤ってすごい。

投入したらちゃんと陣痛来るもんです。廊下を歩いてる余裕なんて無くなり、陣痛室に移動。

 

初めて経験する相部屋の陣痛室。

もちろんカーテンで仕切られていましたが、声は丸聞こえ。

みんな、結構叫ぶんですね。

あまりの痛みから旦那さんに文句を言い続ける妊婦さんや、

どうやら外国の方で意味は分からないけどずーっと叫んでる妊婦さん・・・

 

そして私はというと痛みからの眠気。

今回初めて陣痛による眠気を経験しました。

痛い波が来ると無性に眠くなるのです。

痛い、眠い、あ~でも痛い、でも寝ちゃいそう・・・みたいな戦いが続き、

助産師さんが出してくれたのは、おもちゃの木馬のように前後に揺れ椅子でした。

またがって座り、馬であるなら頭の部分が肘をつけつような形になっていて、前にもたれて揺れながら眠れる優れものでした。

 

私はただ揺れながら痛みを逃し、

その間腰を助産師さんや主人にさすってもらっていたら、イイ気持ち。

 

眠くなるのも陣痛の一種なんだそうです。

木馬的椅子に揺られる私の腰を、なんとも絶妙な力加減でベストポジションをグッドタイミングで揉んでくれる助産師さんが気分転換ついでに教えてくれました。

 

それでもいよいよまたがってることすら辛いと感じ始めたころ、

ベッドに戻り、ベッドごと陣痛室から分娩室に移動。

その辺、さすが大きな総合病院だな。と呑気に個人病院との違いを思いつつ、まだまだ痛みをこらえます。

 

14時過ぎに分娩室に移動し、

助産師さんに「3時のおやつ頃には産まれるわね」と言われました。

が、3度目のお産とは言え、私の体には規格外の大きな胎児。

なかなかスポンッツルンッとはいかなかったようで、てこずり始める周りの方々。

 

「思ったより長くなるかも」と言われた数分後、

突然さっきより騒がしくなる周りの方々。

必死でいきんでいる時に「先生呼んできて!早く!」としきりに聞こえたのを覚えています。

 

どうやら時間がかかると思った矢先に、

赤ちゃんの頭がグイグイ出てきて、

時間がかかると思って他の診察に行ってしまっていた先生を呼び戻していたようです。

詳しい事は分からないけど、いきみの指導などは助産師さんがやってくださいますが、

会陰切開などの医療的な処置は医師じゃないとダメらしい。

 

で、当初の助産師さんの予言通りおやつの時間に、

我が家の3番目の赤ちゃんが無事に生まれたのでした。

私にとって規格外のサイズ、3,900g越えの元気な赤ちゃんでした。

産まれた手赤ちゃん

ちなみに、産後の入院中に、赤ちゃんを取り上げてくれた助産師さんがわざわざ挨拶に来てくださり、

私のお産について色々話してくれました。

その中でちょっと印象的だったのが「静かなお産でした」という言葉。

それで思い出したのが、陣痛室での他の妊婦さんの声。そう言えば叫んでた(笑)

 

男の人には分かってもらいにくいけど、

叫んで暴言吐きたくなるくらいの痛みですからね、陣痛って。

産む瞬間はその中でも最高潮に痛いから。

もう自分でも何言ってるか分かんなくなったりしてるんでしょう。

 

でも私は痛くなればなるほど声が出なくなるタイプみたいです。

なので、3回とも立ち会ってる主人には、出産て案外痛くないのかもと思われてそうです。

 

何はともあれ、我が家の3人目の天使は規格外の大きさながら、無事に元気に産まれてきてくれました♪

※そして次は4人目出産記事です~

 

 

2人目出産~2人目出産は「計画分娩」で~

産まれた手赤ちゃん

こんにちは、ゆほけのです。

今回は2人目を出産した時のことを書いてみます。

※初めての出産記事は是非こちらをどうぞ~

2人目出産

でも、なんででしょう?

余談ですが、2人目って、よく写真が少ないとか言いますが、

私の場合、写真どころか記憶も危なっかしい。

もともと、夫婦そろって記憶力が悪い、忘れっぽい性格なので、

記念日とかお祝いし忘れたりするくらいですし、

若いころ二人で出かけた場所とかも二人とも記憶から消えてるなんてざら、、、

 

というわけで、2人目出産については、乏しい記憶を必死で蘇らせつつ書いていこうと思います。

ごめんよ息子・・・

 

 

私の2人目出産予定は10月の頭でした。

2人目の出産は、予定日より早まる傾向があると言われがちですが、

予定日前日に産まれた娘の時と違って、予定日になっても産まれる気配がありませんでした。

 

10月と言えば体育の日。連休があります。

今回も娘を産んだ産院で出産したのですが、

この産院はおじさん先生と数人の助産師さんや看護師さんとでやっている、小さな個人病院です。

 

経産婦はお産の流れが早い可能性があり、

人手が薄くなる連休や週末にお産が始まって、しかもその日に他の出産も重なっていたりしたら、

他の病院に転院せざるを得なくなるかもしれない。

これ以上遅れるようなら、計画して優先的に出産しましょうと言われました。

 

答えはイエス。

この病院で産みたかったし、赤ちゃんのサイズはエコーで見るとすでに3,000gを越えていて問題ないし、

いつ来るか分からない陣痛をジリジリドキドキしながら待つより心の準備ができるってもんでした。

 

計画出産で一番ネックに思われがちなのは、

陣痛を人工的に起こす陣痛促進剤の使用のようですが、

私はすでに娘を出産するときに使い、問題がなかったですし、

信頼する先生だったので、特に抵抗もなく受け入れました。

 

出産は予定日の3日後に決まりました。

もちろん、それまでの間に陣痛が始まったら、

病院に連絡し通常の出産時のように対応していただけることになっていましたが、

赤ちゃんて意外と空気を読むもので、その間に陣痛が来ることはありませんでした。

無事出産

さて、計画出産当日の朝、病院まで実家の車で送ってもらいました。

今回も里帰り出産です。

今は何ともない、いつも通りの朝なのに、

今日赤ちゃんを産むんだと思うと不思議な気持ちでした。

普段あんまり音楽を聴いたりしないのですが、

その時は3歳になる娘がハマっていた木村カエラさんの「Butterfly」を車でかけていました。

 

病院に到着して着替えをし、陣痛促進剤を飲みました。

11時過ぎくらいになるとチクチクキシキシ痛みを感じ始めますが、

娘の時同様まだまだ余裕。

これが陣痛だっけ?と悩むくらい。

CTGのモニターを見る助産師さんも、陣痛を確認しました。

その頃に主人も病院にやってきました。

 

痛む?と聞いてくる助産師さん。

うーん、多少。と答える私。

 

それが何回か続き、

助産師さんが「結構いい陣痛始まってるわよ」と言うので、

娘の出産の時に痛みに強く陣痛に気が付かなかったという話をすると

「こわいわね」と一言。

まぁ、言われるでしょう(笑)

 

そんなやりとりをしていましたが、昼食を済ませて午後になるといよいよ、

ザ・陣痛という痛みの波がやってきました。

痛みに強いと言っても、本格的に陣痛が始まると悶えます。

思わず「うぅ」と低いうなり声がこぼれます。

 

必死に娘を産んだ時の呼吸法を思い出しながら吸ったり吐いたり、

腰を助産師さんと主人に交替に押してもらったり揉んでもらったりして、痛みを逃しました。

汗をかき始め、低いうなり声が「ああぁぁ」という高めの声に変わる頃、

陣痛と陣痛の合間に病室のベッドから分娩台に歩いて移動しました。

 

1人目の時に思ったより痛くなかったのは、

想像してた出産の痛みが地獄のような痛みだったから、

痛いけど拍子抜けしたというのが実際のところだったようで、

逆に思ったより痛くないイメージで挑んでしまった今回の出産は、痛いし、長く感じました。

 

しかし、分娩台に上がったからと言ってすぐにいきんで良いわけじゃなく、

赤ちゃんの下がり具合などを助産師さんが確認しながら慎重に進めていくので、

痛いけど力を入れちゃいけないつらさで、

「うぅ」でもなく「ああぁぁ」でもない、

「ぐぅぅぅぅっ!」と、なんともこらえきれない声を発しつつ、

ダメ元で時々「いきみたいです」と訴えていました。

 

耐えながら助産師さんのGOサインをひたすらに待ちます。

陣痛の波が来ている時はハァ~ハァ~と息を吐きながら。

 

ようやく助産師さんが先生を呼び、私に「いきんで良いわよ!頑張って!」と。

 

「はい、赤ちゃんの頭見えてきたよ」

「痛みが弱くなったら休憩して」

「はい、もうひと踏ん張り~」

「赤ちゃんの頭出てきてるよ」

「もう少し。もう少し。」

「はい、一回休んで~」

助産師さんの指示に従って、いきんでみたり休んでみたり、息吐いてみたり吸ってみたり。

 

痛い!早く出したい!

という気持ちでいっぱいになり汗だくになりながら

今回も立ち会っている主人の手首をつかんで、死にもの狂いで踏ん張りました。

人はいきまないといけない時、何かを掴んでいるほうが力が入れやすいものです。

 

分娩台に移動して2時間ちょっと痛みと戦い、

とうとう長男が誕生しました!!!

 

2回目と言うこともあり産道ができていたし、

長男は頭が小さかったので、娘の時と違い頭が引っかかることは無く、

頭が見え始めてからはスルリスルリと出てきてくれました。

 

私としてはどっと疲れましたが、今回も無事にスピード安産でした。

疲れたと言っても、やっぱり赤ちゃんが産まれてくる瞬間て、感動的でこの上ない幸せです。

産まれた手赤ちゃん

ただあまりに疲れて、産んですぐに眠ってしまい、出産直後の記憶がありませんw

しかも、2回目だというのに、

新生児の抱き方も授乳の仕方も何も覚えていなくて、

初心者の如く、看護婦さんに色々助けてもらいました。

 

世の2人以上産んでるお母さん方はみんな、1人目の時のことをちゃんと覚えているんだろうか?

看護婦さんが「初めてじゃないから大丈夫ね」とよく言っていたような、、、

 

 

ところで胎教ってホントにあるんだなと思うことが。

今長男は小学生になっていますが、彼が大好きな歌は小さい頃からずーっと、

木村カエラさんの「Butterfly」です。不思議。

 

 

初めての出産

無事出産

こんにちは、 ゆほけのです。

私の初めての出産は、予定日の一日前で、その日は妊婦定期健診でした。

妊婦検診から出産

臨月に入ってから、里帰り出産のため実家に来ていた私は、

毎日お世話になっているお礼と運動を兼ねて、午前中は実家の掃除機掛けをしていました。

 

ちなみに実家は自宅から5駅しか離れていなくて、

車だと20分もかからなくて、

産院は自宅の隣の駅にあり、

里帰りする必要があるかというと心苦しいですが、

初めてのことですし、産前産後とも帰りの遅い主人になかなか助けを求められないので、

両親の力を借りたという次第です。

母という出産経験者の存在はやはり心強いものです。

 

話は戻って出産当日、

掃除機をかけている最中、時々お腹が痛いかも・・・と思う時がありました。

でも妊娠後期に入りずっと調子がよく元気だったので、

連日かなり長い散歩をしたり、ちょっと遠出をしたりしていたので、

その時によく感じていたお腹の張りと同様のものだろうと、特に気にしていませんでした。

 

ただ、予定日も近づいているし、

念のために陣痛が来た時に備えて、痛みの時間を計る練習をしていて、

その時も練習がてら掃除をしながら時間を計っていました。

今思えばそれが陣痛の始まりでした。

痛みは一定の間隔でおきていたので、よく考えれば陣痛だと気づけたことです。

私はその辺がうといというか、鈍いというか、油断しがちな性格。

助産師さんと看護師さんは「痛みに強い」と表現していましたがwww

つわり落ち着き元気妊婦

そして、お昼ご飯を食べ、

午後の診察が始まった14時ころ、のんびり妊婦検診に出掛けました。

 

普通に診察券を出し、普通に診察待ちをし、呼ばれたので診察室へ入り、診察。

赤ちゃんはどれくらい成長しただろうか、

お産はあとどれくらいで始まりそうだろうか、

などドキドキワクワクしながら先生の話を待っていたら、先生から驚きの言葉が。

 

「もう5センチ子宮口開いてるよ。陣痛来てるでしょ?」

 

はい???

分かりません。

 

ちょっと痛み感じたけど、噂に聞く悶絶しそうな猛烈な痛みにはまだ出会ってませんから、、、。

でもその日のうちに入院。

主人や両親に連絡。

キョトンと私だけが他人事のような状況で話が進んでいきました。

 

しかもエコーで見てみると、ベビーは推定3,800グラム!

初産なうえに割りと華奢な体型の私が普通分娩できるのかと、

レントゲンを撮ったり、周りは大騒ぎ。まぁそれに関してはレントゲン撮影後、可能なレベルということですぐにクリアしました。

 

さて、入院着に着替えベッドに横になりCTG(赤ちゃんの心拍数とお母さんの陣痛の状態を記録する機械)をつけてもらった私のもとに、

主人が現れました。

夫婦ともに立ち合い出産を希望していたので、慌てて会社から駆け付けたようです。

それが17時くらいだっただろうか。

 

それでも強い痛みをまだ感じていない私は、この状態になっても実感できず。

わざわざ会社から急いで来たのに生まれなかったら申し訳ないという気持ちにすらなっていました。

CTG妊婦

助産師さんが数分おきに様子を見に来て、CTGのモニターや子宮の開き具合を確認。

どうやら準備万端に始まっていた陣痛が弱まってしまったらしく、なかなかそこから先に進みません。

陣痛が長引いて母子ともに弱ってしまわないようにと、先生と主人と相談した結果、

陣痛促進剤を使うことになりました。

促進剤に関しては賛否あるようですが、私はこの産院の先生や助産師さんに完全なる信頼を寄せていたので、何の抵抗もありませんでした。

 

陣痛促進剤は点滴だったか飲み薬だったか忘れてしまいましたが、効果てき面!

しばらくすると、

キター!とうとう産むんだー!と実感できる痛みが付き始めました。

と言っても、まだまだ余裕。

本格的な陣痛が始まるのはもう少ししてからだろうと、私も主人も思っていました。

たぶんそれが18時過ぎ。

 

それからしばらくして、ちょっとずつ痛みを感じ始め、

CTGのモニターを確認しながら助産師さんと呼吸法の練習をしたりしていました。

 

その頃には私の両親も病院に来ていて、初孫を今か今かと待っていました。

しかし、初産なうえに陣痛が弱い。

まだまだ生まれないだろうと、ただ待っていてもしょうがないから腹ごしらえにと、

両親は産院の近くにあるお寿司屋さんに呑気に食べに出掛けました。

それがたぶん19時過ぎ。

 

私達も呑気に両親を見送りましたが、

突然あれよあれよという間に痛みは定期的になり激しくなってきたので、陣痛室へ移動。

いい感じに悶絶しながらも、まだもう少し頻繁に痛くなるのを一人ベッドの上で待っていると、

パタパタと走ってくる足音。

予想外に早い段階で助産師さんの指示で分娩台に移動。

 

どうやら私は本当に痛みに強かったらしく、

かなりの陣痛が付いていたのに、まだまだ上には上の痛みが来ると思い耐えきれていたようです。

助産師さんがモニターを見て、

「この産婦は声も上げないけどヤバいヤバいすぐ始まるぞ~」と、慌てて私のもとに来たようです(笑)

 

実際そこからどんどん痛みは激しくなりました。

そして助産師さんから「痛みが激しくなったタイミングでいきんでくださいね」と言われました。

が、実はそれでも私は一番激しい痛みがよくわからず、

いきみのタイミングをつかむことができず、

助産師さんとモニターを見ながら、痛みが激しい時を教えてもらっていきんだのでした。

 

なんだかんだでタイミングよくいきむことができ、赤ちゃんの頭が見え始めた時、

助産師さんの「先生、吸引で」という声が聞こえました。

 

痛みに強かったことが判明したとは言え、

人生において経験したことのないような痛みと力みを感じている最中だったので、

私には何のことやら分かりませんでしたが、あとから主人に聞くと、

赤ちゃんの頭が大きくて出てくる直前で引っかかっていたので、

トイレのスッポンってやるみたいなアイテムで赤ちゃんの頭をスッポンとしたそうです。

今はすっかり治っていますが、

生まれたての娘の頭は少しとんがっていてコーンヘッドのようでした(笑)

 

そうやって頭が出てきてからは早い!

フンっ!ツルンっ!と、めでたく娘が誕生したのでした。

 

すっごく疲れたけど、それはそれは幸せな瞬間で、

私は出産直後だというのに、思わず「早くまた生みたい」と言ってしまいました。

それが20時45分。

分娩台に上がってから1時間もかからない、初産にしてありがたいほどのスピード安産でした。

無事出産

ところで、呑気にお寿司屋さんに出掛けていた両親は、

席に着き注文し、ビールを飲みながらお寿司を待っている際に主人から連絡が入ったそうで、

お寿司を食べれないままお店を出たそうです・・・。

 

そして、主人は立ち合いの際に、

病院で用意されていたお医者さんが着る手術着のような服に着替え、

レアな経験だとテンションが上がって自撮りしたり、

私の母に写真を撮ってもらったりしていたらしいです。

と、生まれる前からお祭り騒ぎだったようですが

立ち会ってる最中も何度となく「頑張れ」と声をかけてくれていました。

私がいきむときに、その都度主人の手首をグーっと掴んでいたようで、少し赤くなっていたかな。

 

娘が生まれた瞬間の主人の歓声は、普段なかなか聞けない高い声でした♪