出産よりつらかった私のつわり体験③

つわり

こんにちは、 ゆほけのです。

つわり

私のつわり体験も3人目妊娠時の話に突入です。

前回、前々回の記事に書いたように、1人目2人目の妊娠時のつわりの症状はほぼ同じ、「吐きつわり」でした。

※1人目妊娠時のつわり記事はこちらを是非どうぞ~

※2人目妊娠時のつわり記事はこちらを是非どうぞ~

 

しかし、私は3人目にして初めて「食べつわり」というものを体験しました。

しかも今回の私の場合は、「食べつわり」と「吐きつわり」両方が同時に襲ってきたのでした。

これは結構今までの2回より厄介です・・・。

 

「食べつわり」なので、食べていないと気持ちが悪いんです。

なんでも食べられるんです。

でも「吐きつわり」でもあるので、食べたら気持ち悪いんです。

 

とにかく朝起きた瞬間に食べたい!

口というか、胃が空っぽな感覚がつらくて、

起きたらすぐに食べられるようパンやビスケットなど簡単なものを枕元やテーブルに常備していました。

 

そしてそれを食べたら、しばらくするとめまいがするほどの吐き気に襲われトイレへ。

なんて燃費の悪い、賢くない体なんでしょう、、、

と突っ込んでいる場合ではなく、状況は結構深刻でした。

 

今までとは違い、食べているので大丈夫かと思っていたら大間違い。

食べた以上に吐いてしまい、体の水分まで出してしまうので、脱水状態に近づいていました。

この時は46キロの体重が30キロ台まで落ちていました。

 

1回目2回目の妊娠の時と違って、

娘がもう幼稚園に通っていたので幼稚園の送迎をしなければなりません。

朝はなんとか主人にお願いしていましたが、お迎えは私が行っていました。

こればかりは気合で動くしかなかったです。

 

しかし日に日に痩せていく、妊婦であるはずの(笑)私を見て、会うお友達ほぼ全員から心配されていました。

 

そして検診の日、医師から体重減少と脱水の指摘を受け、

母子ともに危険になる前に入院したほうが良いのでは?と言われました。点滴で栄養入れましょうと。

 

ちょっと悩みましたね。今回は娘も息子もいる。私が家を空けたらどうなる・・・?

しかし、ラッキーなことに幼稚園が夏休みの時期だったので、主人に相談してみました。

「入院したほうがいいって。」

、、、私が言葉足らずだったかもしれない。

 

今までそばでつわりの私を見てきた主人ですが、本人がつわりを経験したことは当然ないので、

つわりで入院するということにピンと来なかったようです。

「いやぁ~入院はないな~」

これ、意外とショックでした。いや、かなり!

主人的に悪気はなかったようですが・・・

入院したら子供達はどうするんだ?入院費もかかるでしょう?っていうシンプルな思いだったらしい。

 

が、母子ともに危険という言葉まで出てきているのだから、もう少し深刻に考えてほしかった。

でも強く言う体力が私にはありませんでした。

この話をしている最中も絶賛つわり中で、食べたい出したいのダブル吐き気に襲われ早く横になりたかった。

 

時間を置き、体調が少し落ち着いたころ、

ずるい私は、慌てて入院を勧めることが分かっていたので心配性の母に相談しました。

そして母から主人の母に連絡し、主人も事の重大さに気付き、私は入院することになりました。

子供達は主人の実家に預かってもらいました。

妊娠つわり

入院中は脱水状態に陥らないよう常に点滴をし、

食べたら吐いてしまう状態の私は、吐いたら更に脱水が進んでしまうということで、

断食を余儀なくされ、それはそれは気持ちが悪くつらい入院でした。

 

なるべく余計な薬を投与せず、可能な限り自然な状態で出産に挑むよう努めている病院だったので、

私が吐き気止めの薬の処方をお願いしても却下されてしまいました。

点滴も抗生剤などではなく、ブドウ糖などの栄養のみでした。

 

吐かずに自力で体重をもとに戻す、せめて40キロ台になるまで頑張りましょう!と。

 

入院して4日目だっただろうか。

気持ちが悪いと思ったらすぐに食べるのをやめるよう指示のもと、やっと少量のおかゆを出してもらいました。

少し食べたくらいでは、あのひどい吐き気に襲われなくなり、

晴れて体重が40キロになった約1週間後に私は退院しました。

 

それがだいたい妊娠10週目くらいでした。

 

正直、退院後も普通につわりは続きましたが、だいぶ症状は軽くなっていて、

驚くことに食べる量と吐き気をコントロールできるようになっていました(笑)

それができるのに、つわりはコントロールできない・・・(笑)

 

 

主人もまた入院されては困ると思ったのか、

家事や子供たちのことにかなり協力的になっていて可能な範囲で手伝ってくれました。

彼の名誉のためにお伝えしておくと、

もともと極悪冷酷人間なわけではなく、あくまでも、

つわりで入院ってよくあることなのか?入院するほどなのか?と理解が足らず、言ってしまった一言でした。

 

妊娠中はメンタル面も弱っていることが多いので、

主人の些細な一言でウゥッと打ちのめされることもありましたが、

冷静に考え、素直に思いを伝えると、お互いの誤解が解けたりするものですよね。

 

もし旦那様の立場である方がこの記事を読んでくださっていたら、

つわり中の奥様にはいつも以上に優しくしてあげてくださいね♪

あの吐き気、思っている以上につらいので・・・

妊娠つわり

そんなこんなで、3人目妊娠時のつわりはちょっと早めの、妊娠14週目頃には落ち着き、

色んなものを食べられるようになり、ちょっとずつ体重も増え始めたのでした。

 

つわりがひどい方は、状況が許すのであれば入院して万全な体制を整えるというのも一つの手だと思います。

いつになるかは個人差がありますが、必ずつわりは落ち着く日が来るので、めげずに頑張りしょう。

可愛い赤ちゃんに会えるための試練なのでしょうかね。

 

4人目のつわりの時の話はまた次に→

出産よりつらかった私のつわり体験②

上の子とベイビー

こんにちは、 ゆほけのです。

前回の記事で、1人目の子妊娠時のつわりについてお話させていただきました。

※1人目妊娠時のつわり記事は是非こちらを~

つわりは1人目の子であったからと言って2人目の時もあるとは限らない。

という言葉を信じていましたが、残念。

つわり

私は4人の子の妊娠中、全てにおいてつわりを体験しました。

 

2人目の時は、妊娠よりもつわりに先に気がつきました。

初めての妊娠だとそんなことありえないと思いますが、2人目だと分かるんですね。

あの忌々しい身に覚えのある吐き気の襲来が・・・。

 

それは上の子を出産してから2年数か月後。

ちょうどその頃私は父を病気で亡くしました。

父と母と兄と私そして主人と、わりと仲の良い家族だったのでショックが大きく、

葬儀が終わるころ、それまで張っていた糸がプツンと切れるように、皆が順番に体調を崩し始めました。

 

1人治り2人治り3人治っていく中で、私だけがいつまでも熱が下がらず体がだるい。

そして気分が悪い。つねに船酔い状態。

 

あれ?この気持ちの悪さ、、、

あれ?父のことで忘れていたけど、来るべきものが来てないのでは、、、

 

気付いた時には一人目妊娠の時と同じ吐き気の渦の中でした。

症状は驚くほど全く同じ。何も食べたくない、気持ちが悪い、起きれない。

 

でも、一人目妊娠時と違う状況、それは1人目の子、つまり娘がいるという事。

上の子とベイビー

娘はその時2歳。

彼女がいるということは、前回のように好きなだけただひたすら寝ていることはできないということです。

主人には、申し訳ないが自分のことは自分でやってもらうとしても、

2歳の娘は私がお世話してあげないと生活できません。

 

私は気合いで毎朝起きて、自分の中でにおいがセーフな食材のみですが調理し、娘に朝ご飯を出していました。

しかし幸い、彼女はまだ未就園児。

毎日家にいて相手をしなければならない一方、毎日出かける支度をする必要もない。

朝ご飯のあとは、リビングで娘がおもちゃで遊ぶ傍らで横になっていられました。

自分が気合を入れることに精いっぱいでしたが、今思うとあの時の娘は物わかりの良い優しい子でした。

調子の悪そうな私にわがままを言った覚えがありません。

今わがまま娘に成長しているのは、その反動だろうか(余談w)

 

どうしても食事を作って片付けるという作業がしんどい時は、

気分転換に散歩がてら外の空気を吸いつつ、

家の斜め向かいにあるファストフード店でテイクアウトしていました。

ファストフードなんてにおいも強いし、無理そうだと最初は近寄らなかったのですが、

不思議とそこのポテトだけは抵抗なく少しなら食べることができたんです。

まぁ、後から来る吐き気は変わりませんでしたが。

つわりとポテト

娘が、つわりの私の大きな原動力になっていました。

娘が食事をする時はなるべく一緒に食べ、彼女が寝るまでなるべく吐き気をこらえ、

おかげで娘の時より体重も落ちることなく、この時も妊娠15週頃にはつわりが落ち着いていました。

 

例のごとく、つわりが落ち着くと嘘みたいに食欲が出てきて、吐き気なんていっさい感じませんでした。

 

この、長男妊娠時が症状的には一番軽かったかもしれないです。

娘がいたおかげと、若さと気合。

それと、グレープフルーツの果肉入りゼリー以外にポテトを少しでも食べられたうえに吐き気をこらえていたので、体力が大幅に落ちずに済んだのかもしれません。

 

つわりは必ず終わる時がきます。

今、このつらさがいつまで続くんだと嘆きながらこの記事を読んでくださっている方、めげずに頑張って。

 

ちなみにこのつわりの時から、私は横になる時に抱き枕を使っていました。

つわりと抱き枕

足に挟んで、左向きでも右向きでも良いので、

その時楽だと思う向きで横を向いて寝転んでいると、多少吐き気が軽減された気がします。

良かったら試してみてください。

 

またまた長くなってしまったので、3人目妊娠時のつわり体験はまた次に→

 

 

出産よりつらかった私のつわり体験①

つわり

こんにちは、 ゆほけのです。

私は4回出産しました。なので、妊婦生活も4回経験しています。

その妊婦生活の中で一番つらかったといっても過言ではない、それこそが「つわり」でした。

つわり

つわりがなければまだまだ何人でも子供を産める!と言えるくらいです。現実的には色々無理なことがあるので、言いませんがw




つわりとは、一般的に妊娠4~6週頃に始まり、8週頃にピークを迎え、12~16週頃に落ち着いてくるそうです。

が、

つわりは、ある人ない人、軽い人重い人、1人目の時と2人目の時と違ったり、食べたい、食べれない、気持ち悪い、眠いなど症状の出方も本当に人それぞれ個人差があるそうですね。

 

そこで、私の4回の「つわり」についてお話してみます。

 

 

まず初めてのつわりは、一人目の子を妊娠し心拍を確認して、

勤めていた会社に妊娠を報告した6週目くらいから徐々に始まりました。

なんだか気持ち悪い。

朝起きるのがツライ。

と感じて、早めに会社に妊娠報告しておこうと思ったことを覚えています。

 

会社に早めに報告したのは正解でした。

朝起きても気持ちが悪く、支度ができなかったり、

電車に乗ることまではできたけどラッシュで立ってられなくなり駅の医務室にお世話になったり、

会社に到着できたとしても業務中にひどい吐き気でトイレから出られなくなったり、

と会社には迷惑を掛けまくりました。

 

私はアパレル系の会社の、営業事務 謙 商品管理の仕事をしていたのですが、

たまたまその時の上司が、すでに2人お子さんがいらして、男性なのにつわりに理解のある方だったので、色々と勤務形態を融通してくださいました。

 

しかし、つわりはひどくなる一方。妊娠8週目くらいになると、

起きていること自体がつらく、布団から出れないという理由で、会社は有給休暇を使って休み続けました。

有休にも限度がありましたし、出産に伴い最終的に会社は辞めようと思っていたので、

上司と相談した結果辞める時期を早めることにしました。

つわり

1人目妊娠時の私のつわりは、「吐きつわり」でした。

何をしていても気持ちが悪い、吐き気がして食欲はいっさい無くなるという状況。

 

会社を辞めてからの私は、

朝、主人が出かけるときも布団から出れず、カーテンを開けることもできないので、

昼も夜も関係なく部屋が真っ暗で、唯一動くときは、トイレに行く時だけ。

それも立ってられない歩いていけないので、トイレまで這いずりばって行きました。

最初は気持ち悪くなった時もトイレに行っていたのですが、それすらしんどくなってからは、枕元にエチケット袋とお白湯を置いておく始末。

 

電車で30分くらいの距離に住んでいた母が、時々お世話をしに来てくれました。

母もつわりはひどかったらしく何かと協力してくれて、

主人の食事の用意をしていってくれたり、少しでも私が食べられるようにと口当たりの良い物を買ってきてくれたりしました。

主人は仕事が忙しく、あまり家にいられなかったのですが、

私が彼の食事も作れない状況だったのでかえって主人が出かけていてよかったかもしれません。

 

私のつわりは、途中から匂いにも敏感になってしまい、

王道のご飯が炊けるにおいを筆頭に、

食器洗い洗剤のにおい、雨の日のにおい、男の人のにおいなどがダメになりました。

男の人のにおいとは、子供も大人も関係なく、家族も他人も関係なくつらかったので、

ますます外出を避けましたし、主人のにおいすらもダメになっていました。

 

いつまでこの状況が続くんだ、、、いつ終わるんだ、、、

頭の中はその言葉ばかりで、楽になることだけをただただ祈ってひたすら寝ていました。

 

ひたすら眠り続け、気が付くと14週目。

あれ?起きれるかも。ちょっとお腹空いたかも。

と、久し振りに物を食べたいという気持ちになり、主人にゼリーを買ってきてもらいました。

主人は私を気遣い、色んな種類のゼリーを買ってきてくれましたが、その中でグレープフルーツの果肉入りのゼリーだけがヒット!

まだまだつわりは続行中だったのですが、

その日からグレープフルーツの果肉入りゼリーだけは食べれるようになり、

苦手なにおいがすると、そのゼリーのにおいを嗅いでやり過ごしていました。

つわり

そして15週目。

それはほんとに突然やってきました!

起きれる!食べれる!気持ち悪くない!今までのあの吐き気は何だったんだろう?!

という晴れ晴れとした気持ちでした。

 

それでも洗剤類などの特定のにおいだけは、もう少し先までかぐと吐き気がしてしまったので、

食器洗いは主人の手が空いてるときにまとめてやってもらったりしていました。

なんて都合の良い話だと、もし自分が主人の立場だったら思っていたかもしれませんが

つわりが始まってから、妊娠中とは思えないほど激ヤセした私の姿を見たら

文句も言わず協力してくれました。感謝。

 

 

おそらく1人目妊娠時の私のつわりは、一般的な6週目あたりから始まり15週目あたりで落ち着いたということになります。

症状は、吐きつわりで、においにも敏感になり、食べれなかったので、約9週間で45キロあった体重が40キロもない状態まで落ちました。

 

私の場合は、

理解ある職場、

良い意味でほっといてくれて時に協力的な主人、

近くに親身になってくれる母がいたので、

環境的にとても恵まれていました。

 

初めてのつわりに思い切り面食らっていましたが、

今思えば、まだ子供がお腹にいる子だけで、寝たい時にずっと寝ていられる自由があったので、

一人目妊娠時のつわりが一番楽だったかもしれません。

 

あくまでもこれは私の体験で、つわりについて医学的な事や専門的な事など難しいことはわかりませんが、今つらい方もいつかは終わる時が来るので頑張って。

長くなってしまったので、他の子妊娠時のつわりの話はまた次にしたいと思います。

※2人目妊娠時のつわり記事は是非こちらを→

※3人目妊娠時のつわり記事は是非こちらを→

※4人目妊娠時のつわり記事は是非こちらを→

 

知らないママは損してる!?mamariプレミアム

なかなか子供ができないのは無排卵月経だったから。私の不妊治療記録の件

不妊治療

不妊治療

こんにちは、 ゆほけの です。

 

今でこそ四人も子供がいる私ですが、一人目の赤ちゃんに出会うまでにはなかなか時間がかかりました。

25歳で結婚し、すぐにでも子供が欲しかった私ですが

一年経っても二年経っても、妊娠できず

このズボラ人生を歩んできた私が、重い腰を上げ婦人科へ向かいました。



 

最近は不妊という言葉をよく耳にしますが、あの頃の私にはあまりなじみのある言葉ではありませんでした。

が、後から知ったのですが、家から近いからという理由でたまたま私が行った婦人科は、不妊治療で有名な病院だったようです。

わりと人気があり、結構遠方から通院されている方も多かったようで、そう言えば毎回混んでたな。

 

婦人科で私は、子供が欲しいがなかなかできない旨を話しました。

 

その際、高校生の頃からずっとつけていた基礎体温表ノートを持参していました。

私は若いころから生理が重く、よく寝込んでいたので、

母からいつか役に立つ日が来るかもしれないからと、基礎体温をつけるよう勧められ、その言葉を信じ毎朝のルーティーンワークとなっていました。

私はズボラだけど母はマメなのです。

 

婦人科の先生がそのノートを見て、すぐに言いました。

「無排卵月経かもしれないね。黄体機能不全もあるかもね。」

え?なにそれ?それが原因で妊娠できないの?

 

無排卵月経とは、月経があっても排卵をしていない状態。

黄体機能不全とは、基礎体温の高温期を保ち受精卵が着床しやすい状態にしてくれる黄体ホルモンの分泌が少ない状態。

 

だそうです。簡単に言うとね。

未だに難しいことはいまいち分かりませんが、

私の持参したノートからの判断だけではもちろんなく、ホルモン検査や超音波検査などをしてもらい

私がなかなか赤ちゃんができなかった理由がそれらであることが分かりました。

不妊治療中

その後、私は定期的に通院し、排卵誘発剤や黄体ホルモン剤を注射してもらいました。

数か月間、薬の投与を続け、排卵がきちんとし始めたと思われる頃

先生から新たにタイミング法を行うよう言われました。

 

タイミング法とは、排卵日を予測し最も妊娠しやすいタイミングに合わせて夫婦仲良くすることですね。

これも難しいことはわかりませんが、先生からこの日だ!という日を2日くらい教えてもらい実行しました。

 

最初は主人にこの日に!て言うことに抵抗がありましたが、この頃はとにかく子供が欲しかった。

お互い仕事で予定が合わず、それこそタイミングを逃したりするとイライラしてました。

それでもできる限りに妊活。

そんなことが続きつつ数か月、それでもなかなか妊娠しない私に先生からある言葉を言われました。

「次、妊娠しなかったら、旦那さんの体も調べてみましょうか」

 

うーん、それはちょっと難しいかも。

主人は妊活に協力的だったし、私の通院に反対したりすることは無かったけど、お互いの心の奥で、通院するのは私だけというなんとなくそこまでのラインがありました。

どうしようかと悩みつつ、タイミング法を続け、ちょっと病院にしばらく行かないでいました。

 

そろそろ病院に行かないとな。先生と話さないとな、、、と思いながら、あれ?と、あることに気が付きました。

今までだったら絶対忘れることなんてなかったのに、主人の通院について考えすぎていた私は気づいていなかったんです。

アレが来ていないことに。

 

そのことに気づいてからの私はドキドキが収まらず、浮わついた足取りでドラッグストアに行き、

一つでいいのに二つ入りの妊娠検査薬を買って帰りました。

そして帰宅後すぐにトイレ。数分待って、万歳。

私達夫婦は赤ちゃんを授かることができました。

妊娠できた

私は初めて病院に行ってから7か月くらいで妊娠することができました。

もっともっと時間がかかる方や、それでも授からない方もいらっしゃると思うので、私達はとてもラッキーです。

なかなか妊娠できないけど病院に行くのは抵抗があるという方も、是非一度専門医に診ていただくことを私はおススメします。

自分ではわからなかった自分の身体のことを知れるかもしれないです。

 

また、不妊治療というと長く高いというイメージの方もいらっしゃると思いますが、はっきりとした金額を覚えていないため詳しくお伝えできなくて申し訳ないのですが

主人がフリーの仕事をしていたため、私のお給料だけで生活する月もあったような、経済的にすごく余裕があるわけじゃかった当時の私達夫婦でも

私達が受けた治療などであれば無理なく支払えたくらいです。

 

私はあの時重い腰を上げて良かったです。

 

 

ちなみに、タイミング法の指導を医師から受ける際に、日にちともう一つアドバイスをもらいました。

それは、いつもと違う環境でしてみるということ。

いつもが寝室ならリビングでとか。いわゆるマンネリ打破。

ふざけているように感じますが、こういう精神的な事って結構大切らしいです。

先生が熱心に話してくれました。

 

 

すぐに病院に行くことに抵抗がある方は、今は便利な排卵日を予測してくれるキットが購入できますよ。

まずはご自宅で試してみてから、病院へ行くというのも良いかもしれません・・・


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あいさつ

はじめまして。ゆほけの です。

主人と、長女、長男、次男、三男の四人の子供と暮らす六人家族の主婦です。

 

18歳で結婚し、20歳で出産。

私がまだ40代そこそこで子供が成人し、周囲からは「親子じゃなくて友達みたい」と言われている!

、、、ことを夢見ていたのは、はるか昔。

 

今39歳で、一番上の子が10歳。一番下の子なんてまだまだ1歳!

みんなが成人する頃、私は、、、

でも、そんなことは気にしない。

ズボラで深く考えることが苦手な性格。

今までの人生、たいていのことを「まぁ、いっか」で進めてきました。

そして気が付いたら、子供が四人(笑)

しかも描いていた未来よりだいぶ遅く。

 

このブログでは、ちょっと人より多めの

妊娠・出産経験をもとに、それらにまつわる色々なことを綴っていきたいと思っています。

なんせズボラな性格ですから、なかなか時系列通りには書けないと思うので、思い出した順にアップしていこうと思います。

そして、子育てと言えるほどたいそうなことはしていないのですが

子供達との生活や、主人や友達や親たちとの諸々も、思いのままに綴ります。時には愚痴ったり、時には自慢してみたり。

 

同じような環境の方や、これからご家族が増える方などに

こんなにもズボラな気持ちで毎日を過ごしてても、子供は元気に大きくなるし、一日はあっという間に過ぎていくことに共感していただければいいなと思います。